2019.05.06 街のあちこちで過去の自分を見つける

実家に戻っている。親と車で戸隠まででかけた。久々に運転をする。怪しげな運転で山道を登っていく。戸隠蕎麦を食べた。美味い。水芭蕉が綺麗に咲いていた。湿原で可憐に咲く白い天使のような花だ。そのように見えるように写した。最近は被写体を見た印象を、その場でカメラの設定を調整して、作ってしまうことが多い。

オールドレンズを使うのをやめて最近の設計のレンズを使うようになってから、絞りの感覚が良くなってきた気がする。オールドレンズはそのレンズが持つ味を最大限に活かすために開放でしか撮らなかったが、この頃使っているレンズはどの絞りでも解像度高く写してくれる。α7のフルサイズのセンサーもそれに答えて驚くべき快調表現を見せてくれる。5年使って初めてこのボディの実力を見た気がする。そういうわけでよく絞って撮るようになったので、絞りによる表現が身についたようだ。

2年も長野を離れると、街のあちこちで過去の自分を見つける。ここはあの人と来たカフェ、ここはあの人と毎日のように来た店、そんなことをよく思い出すようになる。この街で連続した生活を送っていたら感じなかったことのように思う。きっと新しい仲間が出来て、その仲間たちと、きっと、似たような楽しい思い出を積もらせていっただろう。でももう生活の拠点は東京で、仲間たちもそれぞれの今の居場所に散っていって、再現が難しくなった楽しかった思い出たちがぽつぽつ街の中にあって、それを思い出すとうら悲しい。この気持はなんだろうな。

夜、外に出て「暗い」と思った。学部1年のとき、当時の彼女が「長野の夜は暗くて星が綺麗だ」と言った。彼女は東京育ちだった。彼女がその台詞を言ったとき「全然暗くないよ」と返したのを思い出した。